もうひとつの時間 星野道夫「旅をする木」より
2005年 08月 23日
私の大好きな星野道夫さんの本に「もうひとつの時間」という文がある。
ある夜アラスカの氷河の上で、友人と今にも降ってきそうな星の下で話をしている。
「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。 例えば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろう。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるか?って」
「写真を撮るか、もし絵が上手かったらキャンパスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。」
「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって・・・・ その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」
千葉に生まれ、東京で勉強している当時に星野さんは北海道の自然に強く弾かれていた。
大都会の東京で電車に揺られている時、雑踏の中で人ごみにもまれている時、ふっと北海道のヒグマが頭をかすめるのだそうだ。 東京で暮らしているこの瞬間に、同じ日本でヒグマが日々を生き、呼吸をしている。 確実に今、どこかの山でヒグマが倒木を乗り越えながら力強く進んでいる・・・・その事がどうにも不思議でならなかったと言う。
星野さんは言う、それはおそらく、すべてのものに平等に同じ時間が流れている不思議さだったのだろう。 子供ながらに、知識としてではなく、感覚として世界を初めて意識したような気がする、と。
2回目のスペイン旅行は五年前。 友達と確か、六月頃に当時結構なお金を出して、9日間近くマドリーとバルセロナを旅した。
初めてのスペイン旅行からは10年が過ぎていて、だいぶスペインの風景は変化していた。
港町は治安が悪いからと娘2人を連れた母は、バルセロナを旅行しなかった。
私は大学受験時、初めてガウディの作品を写真で見て以来、どうしてもバルセロナに行ってみたかったのだ。 旅行前の2ヶ月間はとにかく計画を立てるのがうれしかった、いやな仕事もスペイン旅行の事を考えて乗り切った。
ほぼ初めてのような海外旅行で何も通じない・わからない外国で、懐かしのスペインを思い出していた。 だいぶ慣れてからバルセロナへ移動。 バルセロナは太陽が違った。
ランブラス通りに面した所にホテルがあった。 狭くて日当たりが悪く、隣の部屋の人がシャワーを浴びると水道管の音が激しく聞こえる部屋だった。
ランブラス通りはいつもたくさんの人が行き来している。
面白いパフォーマンスをする人、似顔絵を描く人、動物を売るキオスク。。。旅行者もいれば、もちろん目つきが悪くいかにも泥棒だろう!と言える集団も多数うろついている。
私達はかなり注意しながらこの通りを何度も往復した。
バルセロナは思っていた以上に私の心を捉えてしまった、青すぎる空に映えるガウディ作品の変な顔が並ぶカサミラ、絵に描いた事もある憧れだったサグラダファミリア、辿り着くまでの道に多少のスリルがあるカサバトリョ。 色とりどりの絵やオブジェに囲まれ、上機嫌になった丘の上にあるミロ美術館。 一応、油絵を専攻していた私にとっては、久しぶりに見たゲルニカよりも
印象の濃い毎日だった。
スペインから帰ってきてからの1ヶ月間、不思議なことに私は自分がまだバルセロナにいるような気分から抜け出る事が出来なかった。 新宿の汚い社食で、ぎゅうぎゅうの憂鬱なオレンジの電車の中で、気づくと私はバルセロナのあのランブラスの光の通りを歩いていた。
そしてなんとなく頑張ろうかなといったパワーが出てくるのだった。
あれは現実逃避だったのだろうか・・・・ そして星野さんのようにそんな思いをすることが、不思議でたまらなかった。 その時から、私の旅行(逃亡)癖は強くなっていったのだろう。
あれから5年と少し。 私は又憧れの地、バルセロナを目指している。
友達が出来たり、好きな人が出来たり、バルセロナで笑ったり泣いたりする度に、バルセロナへの思いが憧れよりもなんだかもっと、近くなるようなそんな気がしてくる。
最後に星野さんがこう書いている。
ぼくたちが毎日を生きてる同じ瞬間、もう1つの時間が、確実に、ゆったりと流れている。
日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。
星野さんの写真を見ると何故か胸がぎゅっとなる。
動物の写真なんてまったく興味のない私が、
星野さんの撮ったアラスカの動物達のカレン
ダーを偶然にも選んでいた事がある。
星野さんの写真にはやさしさと温かさを感じる。
ある夜アラスカの氷河の上で、友人と今にも降ってきそうな星の下で話をしている。
「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。 例えば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろう。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるか?って」
「写真を撮るか、もし絵が上手かったらキャンパスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。」
「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって・・・・ その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」
千葉に生まれ、東京で勉強している当時に星野さんは北海道の自然に強く弾かれていた。
大都会の東京で電車に揺られている時、雑踏の中で人ごみにもまれている時、ふっと北海道のヒグマが頭をかすめるのだそうだ。 東京で暮らしているこの瞬間に、同じ日本でヒグマが日々を生き、呼吸をしている。 確実に今、どこかの山でヒグマが倒木を乗り越えながら力強く進んでいる・・・・その事がどうにも不思議でならなかったと言う。
星野さんは言う、それはおそらく、すべてのものに平等に同じ時間が流れている不思議さだったのだろう。 子供ながらに、知識としてではなく、感覚として世界を初めて意識したような気がする、と。
2回目のスペイン旅行は五年前。 友達と確か、六月頃に当時結構なお金を出して、9日間近くマドリーとバルセロナを旅した。
初めてのスペイン旅行からは10年が過ぎていて、だいぶスペインの風景は変化していた。
港町は治安が悪いからと娘2人を連れた母は、バルセロナを旅行しなかった。
私は大学受験時、初めてガウディの作品を写真で見て以来、どうしてもバルセロナに行ってみたかったのだ。 旅行前の2ヶ月間はとにかく計画を立てるのがうれしかった、いやな仕事もスペイン旅行の事を考えて乗り切った。
ほぼ初めてのような海外旅行で何も通じない・わからない外国で、懐かしのスペインを思い出していた。 だいぶ慣れてからバルセロナへ移動。 バルセロナは太陽が違った。
ランブラス通りに面した所にホテルがあった。 狭くて日当たりが悪く、隣の部屋の人がシャワーを浴びると水道管の音が激しく聞こえる部屋だった。
ランブラス通りはいつもたくさんの人が行き来している。
面白いパフォーマンスをする人、似顔絵を描く人、動物を売るキオスク。。。旅行者もいれば、もちろん目つきが悪くいかにも泥棒だろう!と言える集団も多数うろついている。
私達はかなり注意しながらこの通りを何度も往復した。
バルセロナは思っていた以上に私の心を捉えてしまった、青すぎる空に映えるガウディ作品の変な顔が並ぶカサミラ、絵に描いた事もある憧れだったサグラダファミリア、辿り着くまでの道に多少のスリルがあるカサバトリョ。 色とりどりの絵やオブジェに囲まれ、上機嫌になった丘の上にあるミロ美術館。 一応、油絵を専攻していた私にとっては、久しぶりに見たゲルニカよりも
印象の濃い毎日だった。
スペインから帰ってきてからの1ヶ月間、不思議なことに私は自分がまだバルセロナにいるような気分から抜け出る事が出来なかった。 新宿の汚い社食で、ぎゅうぎゅうの憂鬱なオレンジの電車の中で、気づくと私はバルセロナのあのランブラスの光の通りを歩いていた。
そしてなんとなく頑張ろうかなといったパワーが出てくるのだった。
あれは現実逃避だったのだろうか・・・・ そして星野さんのようにそんな思いをすることが、不思議でたまらなかった。 その時から、私の旅行(逃亡)癖は強くなっていったのだろう。
あれから5年と少し。 私は又憧れの地、バルセロナを目指している。
友達が出来たり、好きな人が出来たり、バルセロナで笑ったり泣いたりする度に、バルセロナへの思いが憧れよりもなんだかもっと、近くなるようなそんな気がしてくる。
最後に星野さんがこう書いている。
ぼくたちが毎日を生きてる同じ瞬間、もう1つの時間が、確実に、ゆったりと流れている。
日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。
星野さんの写真を見ると何故か胸がぎゅっとなる。
動物の写真なんてまったく興味のない私が、
星野さんの撮ったアラスカの動物達のカレン
ダーを偶然にも選んでいた事がある。
星野さんの写真にはやさしさと温かさを感じる。
by shirasu-siesta | 2005-08-23 22:47 | 世界は広いってば